それはともかく

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考察:20年経って考える「少女革命ウテナ」その3

 キャラクター考察編その3

 

薫幹・薫梢 「私たちは野生動物だもんね」

ミッキーこと薫幹は生徒会でも中立的な感覚の持ち主であり、ウテナに対し友好的な立場の人物です。アンシーを薔薇の花嫁とする学園の決闘ゲーム疑問を抱き、生徒会で異議を申し立てたりもしました。しかし、アンシーの弾くピアノが幹が求めていた『妹と同じ音色』である事に気付き、次第にアンシーへの想いを募らせます。

冬芽「エンゲージした者だけが花嫁を思うがままにできるんだからな」

幹「…思うがまま…」

恋は人を狂わせます。アンシーへの恋心を自覚した幹は冬芽に煽られるまま、ウテナと最初の決闘に至ります。そして敗北。

ラストシーン。幹の求めていた音色は、妹の梢によるものではなく幹のフォローあってのものだったことが明かされます。

26話「幹の巣箱(光さす庭・アレンジ)」。鳥の巣を助けようとして怪我をした梢を背負う幹、荷物持ちで共に寮へ赴くウテナとアンシー。鳥の雛について親密に話す幹とアンシーを見て何かを思う梢は、あしながおじさん(勿論暁生です)と待ち合わせの後、幹と共に暁生カーでのドライブを経験します。(ドライブの意味する事が鳳学園の真実、ネタバラシである事は『その1』に記しました)

そして幹は梢を花嫁とし、幹自身のための革命、存在意義を賭けた最後の決闘に赴きます。しかし決闘の最中、いつの間にか暁生カーに梢とアンシー、2人の花嫁が乗り込んでいる事に気を取られる幹。

 幹「梢!?何をしてるんだ、梢!?」

梢「よそ見してるとやられちゃうよ」

梢を気にかけた一瞬の隙を突かれ、幹はウテナに敗北しました。

翌日、巣箱を見つめる幹に対し梢は「いくじなし」と言い放ちます。

 

 

・幹の求めていたもの 

4話「光さす庭・プレリュード」冒頭、数学のテストに関してウテナと若葉が話すシーン。

若葉「でもママが言ってたよ、論理的な事は全て男に押しつけるのがいい女だって」

この若葉のセリフは「論理的=男性=幹、感情的=女性=梢」という対比の暗喩だと考えられます。幹は秀才です。幹は物事を論理的に考え、行動を起こします。

 妹の音色 = 同じ音色を奏でるアンシー = 『輝くもの』。

だからアンシーを手に入れる。

 しかしこの「論理的思考」こそが幹の欠点でもあるのです。幹は自分が真に求めているものが何なのか、論理的思考が邪魔をして自覚できずにいるのではないでしょうか。

「光さす庭」というピアノ曲は幼少期の幹と梢の連弾によるものでしたが、梢がでたらめに弾いていたのを幹がフォローしていたからこそ成り立った曲でした。梢に幹のような特別な才能があったわけではないのです。幹の求めている『妹の音色』は、初めから存在しないものでした。

その事実は、現在の梢とピアノを弾いてみれば明らかになるはず。ですが「ねえ、また私と(ピアノ)してみたい?」と誘われても、幹は「お前なんかに何も期待していないさ」と断ります。

ピアノを弾くこともなくなり、沢山のボーイフレンドを作る現在の梢に幹は失望しています。(もしくは、梢が本当はピアノが弾けないという事実を認めたくないのかもしれません)

 ウテナに敗北した幹は呟きます。

幹「どうして誰も輝くものになってくれないんだ…誰も…」

どうして誰も輝くものになってくれないんだ。「輝くもの」が無いなら代わりを手に入れる。幹は妹の代替を求めていました。幹のアンシーへの想いは、梢との美しい思い出を投影したものでした。

幹「彼女は、姫宮先輩は、僕の知っている女の子に似ているんです。それだけです。」

幹が求めていたのは「妹とピアノを弾いた美しい思い出そのもの」「梢本人」だったのではないでしょうか。

 

●梢の幹への想い

梢の幹への想いは複雑なものでした。15話黒薔薇編で梢は沢山のボーイフレンドと自由な恋愛を楽しむ反面、幹に近づく人物に対し敵対心を抱きます。音楽教師を突き飛ばしたりなど過激な行動にも走ります。

そしてその心境を御影のカウンセリングで吐露します。

梢「私が怪我したり汚れたりすると幹は心の中でとっても傷つくの 私の事で心がいっぱいになるの だから私いつも幹が嫌がるような相手とわざと付き合うの」

梢は不器用な方法で幹の気を惹こうとしていました。双子は魂の片割れと言うように、絆で結ばれていました。反発しながらも幹を求めていたのです。

黒薔薇のデュエリストとしての決闘を終えた梢は、幹に「ミルクセーキ作って」とねだります。本来の梢は、素直に甘える事ができる妹でした。

 

 ●梢の献身

26話で注目すべきは、梢の心境が以前とは大きく変化している点です。

梢は親密に話す幹とアンシーを見て「せっかくあなたが来てるんだもの かわいい妹は気を効かせて消えるわ ごゆっくり」席を外します。15話で幹とピアノを弾くアンシーに敵意を抱いていた時とは大違いです。黒薔薇編で「みんな消えてなくなれ!私と幹以外は全て醜いんだから!」と剥き出しにした幹への執着はもう感じられません。黒薔薇編の戦いで黒い感情を浄化した梢は、もう幼稚な方法で幹の気を惹こうとはしません。

愛するアンシーを想いながら「光さす庭」を弾く幹の演奏を聴き何かを思う梢は「あしながおじさん」と待ち合わせした後、幹を暁生カーに誘いました。

あしながおじさん」。とある資産家が身寄りを無くし孤児院で育つ少女に資金を援助するというおなじみの童話です。なんとも美談ですが、相手はあの暁生です。ここは少し邪推してみる必要があると思います。

あの暁生が何の見返りもなく他人を助けるか?何らかの取引があったと考えるのが自然ではないか?

梢は、幹を決闘に向かわせ世界を革命する力を手に入れるチャンスを与える事と引き換えに、自分の身体を暁生に差し出したのでは無いでしょうか。

梢「周りが全部汚れてたら 自分も汚れるしかないじゃない 自分も汚れて欲しいものを手に入れるしかないのよ」

暁生カーでの梢の制服は乱れ、胸元があらわになっています。事後の雰囲気を感じさせます。

心優しく常識的な幹には、他のデュエリスト達のように決闘に向かうほどの闘争心はありません。このままでは幹はいつまでたっても世界を革命できない。それを案じた梢は、自分が「輝くもの」になれない代わりに、嫌悪していた大人に頼り自分の身体を捧げてでも幹の革命を支援しようとしたのではないでしょうか。

 

決闘中、幹は梢とアンシーというとても良く似た2人の花嫁に気をとられます。

・梢「よそ見してるとやられちゃうよ」

よそ見をするな。幹が求めているのがアンシーなら、私に構わずアンシーだけを求めて闘わなければ、本当に欲しいものは手に入らない。

「輝くもの」「妹の音色」なんてものは存在しないし、「光さす庭」は今は荒れ果てている。いつまでも綺麗な思い出に囚われていては前に進めない。

 

梢「私は幹の幸せを祈ってるよ 私はいつも自分の気持ちに素直なだけ 嘘はつかないわ 信用できない?」

 

梢は、早熟でシニカルで不器用な梢らしいやり方で、幹の革命に献身したのです。

 

  ・「いくじなし」

鳥の巣箱と雛。これらは「巣立ち」の象徴と考えられます。

梢と幹の両親は離婚し、父親は再婚する事がわかるシーンがあります。梢は親鳥と離れ住処まで失いそうになっている雛鳥と自分達を重ねたのでしょう。家族と呼べる人物がお互いだけになってしまう事を「私達は野生動物だもんね」と揶揄しています。

幹もまた「気にいりませんね 『君達の為に』とかいう大人は大抵信用できないものです」「自分勝手な大人に利用されるくらいなら僕はもう決闘なんかしない」と言っている事から、大人に対して嫌悪・不信感を抱いている事が伺えます。

 

幹は自分の片割れ、唯一の家族である梢を断ち切る事ができませんでした。自分が汚れてでも他人を出し抜いてアンシーと「奇跡の力」を手に入れるチャンスを逃しました。学園という巣箱から飛び立つ事が出来なかったのです。

 

それは、幹の為に献身した梢にとって「いくじなし」な事だったのではないでしょうか。

 

 

・癖が強く何を考えているかわからない人物が、実は純粋な気持ちを持った人物である事が後半に明かされる(逆も然り)キャラが多い事はこの物語の大きな特徴だと思います。

・電話の向こうにいる「新しい母親」は明らかにアンシーです。両親にまでアンシーと暁生が手をまわしていた事が伺えます。

・梢が「周りが全部汚れてたら 自分も汚れるしかないじゃない 自分も汚れて欲しいものを手に入れるしかないのよ」と論理的に考えている事に対し、梢への想い・情に囚われ続けた幹、という2人の「論理的思考と感情的思考」が、最後に入れ替わっている事も興味深い点です。

 

・梢は「愛する人のためにその身を尽くした」という点で、ウテナ・瑠果と類似するキャラクターです。 

・幹の葛藤は「唯一の家族との絆を断ち切る事ができない」といった点が、暁生・アンシー・七実と類似しています。

・「思い出を大切にするあまり記憶が美化・改ざんされている」という点は、御影草時の馬宮との回想や、ウテナとディオスの出会いの記憶が実際とは大きく違っていた点を想起させます。

 

 

 

桐生七実 お兄様は私のもの 誰にも渡さない 誰にも 

 

 七実は桐生冬芽の妹です。取り巻きの女子を常に従え、中等部でありながらウテナら中等部の人間や生徒会の人物にも対等、あるいは高圧的に接します。七実は兄である冬芽を崇拝しておりその心酔ぶりは幹曰く「世界で一番の男が側にいるんだから他の男は全員カス同然」「(冬芽以外の男は)カスです、おまけです、パセリです」。高慢で高飛車な反面、カレーのスパイスを取りにインドへ行ったりカウベルを付けて牛になったり卵を産んだと思い込み育ててみたりなど、コミカルで憎めないキャラクターでもあります。

七実は兄・冬芽に近付く人物を「虫」呼ばわりし、排除しようとします。9話で冬芽がウテナをかばい怪我をした事に激昂し、10話でその敵意がウテナへと向かいデュエリストとなり決闘に挑み、敗北。

31話「彼女の悲劇」では、血液型の話から冬芽との血の繫がりが無い事にショックを受け家出、ウテナとアンシーの住む理事長室棟の一室に移ります。そして暁生とアンシーのただならぬ関係の目撃者となります。

そして32話「踊る彼女たちの恋」にて冬芽と共に暁生カーのドライブを経て再びウテナとの決闘に挑み、二度目の敗北。

ラストシーンでは暁生と冬芽の会話で冬芽と七実は赤ん坊の頃に2人揃って桐生家に引き取れらた事、2人に血の繋がりがある事が明かされます。 

 

七実の求めていたもの

「私が好きなのはお兄様だけです」と公言していた七実は32話、暁生カーでのドライブ中にキスをしようと近付く冬芽を拒絶し突き飛ばします。

冬芽「いつもして欲しがってたじゃないか」

七実「違う!」

冬芽「どうせ兄弟じゃないんだ」

七実「そうじゃない!」

冬芽「では、お前が望んでいるものはなんだ?」

兄への想いが恋であるなら、血の繋がりがない事は好都合なはず。ですがそうではありませんでした。「あの桐生冬芽の妹である」こと、それが七実アイデンティティだったのです。

七実の求めた「奇跡」「世界を革命する力」は、兄との血の繋がりを求めたものでした。

 

 

・未熟な性

27話「七実の卵」。ある日七実のベッドに出現した謎のタマゴを、自分が産んだと思い込み育てはじめる、というシュールなギャグ回ですが、このエピソードは七実が非常に思い込みの強い人物である事と同時に、性に対し未熟である、又は潔癖であるという事を示唆しているのではないでしょうか。

また、周囲の人間にタマゴの件を相談した際の七実の妄想「遅れてる〜!」「知らなかったの〜?」や、樹璃の「気持ちいいよ、君もやってみるといい」というセリフから、「タマゴ」は性体験・妊娠の暗喩と考えられます。

また同話での

冬芽「なぜこんなに普通でいられるかわかるか?それはお前がタマゴを産むような女の子じゃないからだ」

というセリフは、桐生家では性に関してかなり厳格な教育をされている事も考えられます。(冬芽は好き勝手しているので、女性である七実に対してのみ厳格なのかもしれません)

 

暁生カーでのドライブの後、ウテナに決闘を申し込む際にアンシーを平手打ちした七実はこう言います。

七実「私はその女とは違うの」

潔癖でピュアな七実にとって、暁生とアンシーの関係は特におぞましく汚いものに思えたのかもしれません。

 

 七実の敗北

七実は最後の決闘へのパートナーとして冬芽を伴っています。パートナーは決闘者への愛・想いで支援効果をもたらす『バフ的存在』であるとする推察を「その2」に記しました。

しかし七実の決闘は2度とも、暁生の手先である冬芽に仕組まれていたものです。冬芽が七実の勝利を願う事はありえなかった。血の繋がりがある事実を知っていた冬芽は、この決闘に何の意味も無い事を知りながら傍観していました。

七実の想いは最初から最後まで、愛する兄に決闘の為の道具として利用されました。

 

 

 ・利己的な願い

しかし、七実が冬芽の実の妹でありたいと願う想いは、果たして純粋なものと言えるのでしょうか?

七実は冬芽の携帯電話を盗みガールフレンドとの会話を聞きます。ひっきりなしにかかってくる電話からは冬芽にすがる沢山の女の子の声。誰とも本気の関係ではない事が伺えます。七実は、冬芽が本気で女の子と交際する気がない事を知っています。自分が妹でなく一人の女の子になったとしても、相手になどされない事をわかっています。

七実「馬鹿な女 私はあんた達とは違うんだから 私とお兄様は血が繋がってるんだから」

冬芽はあらゆるものに恵まれた完璧な人間ですが、七実自身は何の権力も持っていません。血が繋がっていないとわかった途端、取り巻きは離れ、七実の高飛車な態度は消え、悩み落ち込みます。その姿は、年相応の普通の女の子そのものです。

七実「同じになっちゃったんだ私 お兄様に群がる銀バエみたいな女たちと」

七実は『その他大勢』の女の子になる事を恐れています。

 

また、16話「幸せのカウベル」。高価なペンダントのお披露目の為にパーティを開きますが、樹璃がそれを上回る高価な有名ブランドのペンダントを身に付け現れた事に対抗心を燃やし、牛の首輪に付けるベルを有名ブランド「コウシチャンディオール」の物だと思い込み、得意げに身につけます。

「裸の王様」さながらのエピソードですが、これは七実がブランド等の表面的な事に拘る人物である事、非常に見栄っ張りである事を表していると思われます。

七実は肩書きや権威を重視し、『自分も特別でありたい』と願っています。

七実の冬芽への執着は、「兄の権威を笠にきて威張っていたい」という、利己的で打算的な想いも含んでいたではないでしょうか。

冬芽「そうじゃなければ誰があんな ありきたりでつまらない女と」

冬芽は、七実のそんな打算的な想いを見抜いていたのかもしれません。

 

 

七実の「心の拠り所を失ってしまえば中身は普通の女の子である」点は、一時、アンシーを失い普通の女の子に戻ったウテナと類似しています。

・「実の兄に恋をした」という点はアンシーと同じですが「兄の恋人になりたい」わけでは無く、あくまで「実の妹でありたい」と願っている点が決定的に違っています。

 

※26話で梢と七実が会話するシーン。「(あしながおじさんを)紹介しようか?」と問う梢に対し、七実は「結構よ」と返します。同い年でありながら早熟な梢と潔癖な七実、という対比になっていると考えられます。

※「七実の卵」での不可解なタマゴの正体は結局何だったのか?

この回でウテナとアンシーは「生まれ変わり」について話しています。そして終盤で目を覚ました七実のそばには割れたタマゴがあり、「このところ姿を見かけなかった」チュチュが現れる所で終わります。

これは人間より寿命が短いチュチュが、永い時間を生きるアンシーの為にタマゴで転生を繰り返していた、という事を意味しているのではないでしょうか。「生物の生まれ変わり」「記憶の引き継ぎ」についてのアンシーのセリフは、新しいチュチュに記憶・帰巣本能が引き継がれるかどうかを案じていた。そして無事にチュチュが帰ってきてくれた事にアンシーは安堵したのではないでしょうか。

いつもアンシーに寄り添う「チュチュ」は、全てが同一の個体ではないのかも知れません。